夢を落とした話 中編

夢の一割を話し終えた所で彼女は新しいものを手に入れた子供のような目でこちらを見て「ありがとうございます。」と言われた。お礼をしたのにお礼を言われる。とは。不思議なこともあるものだ。そういえば、すこし気になったので「この夢、どこに落ちていたのですか?」と尋ねた。

「ベンチに座っていましたよ。」

と、彼女は微笑みながら答えた。ベンチに座っていた。とは。はて。

そう考えて思い出した。昨日は珍しく仕事が早く終わったので、二十時を過ぎた辺りに自宅の最寄り駅へと着くことが出来、駅前の大型ショッピングモールへと向かったのだ。結局大したものを買いはしなかったが、通勤時電車の中で読む文庫本を五冊ほど購入したのだった。その後、ショッピングモールを出てすぐの広場のベンチにて、文庫本を鞄に入れようとしたのだか、そのまま入れると折れてしまいそうだったので荷物の整理をしたのだった。その時に夢の入ったケースを一度ベンチの上に置いて、そのまま忘れた。のだろう。しかし、人混みに晒されたかと思えば、今度はベンチに座って人の行き交いを眺めている。とは。この夢は一体何なのだろう。

その「座っていましたよ。」という表現が面白かったので少しノってみることにした。

「どんな佇まいで座っていました?やっぱり私の夢ですから哀愁が漂っていましたかね?」

「あっ、いえ、ケースに入っていたのでそこまではわかりませんが…」

彼女は、「座っていた」という表現をしたことに恥ずかしくなったのか少し早口で答えた。だが、からかわれているのでは無いと思ったのか

「貴方の夢は哀愁が漂っているのですか?」

と聞いてきた

「そりゃもう、現実にまみれて草臥れていますからね。」

「堅実で現実的な夢、だと思ったのですが、それでも現実に草臥れるのですね。確かに、ケースを持って歩いている時にあまりにカラカラと音がするので、壊れてしまわないかと心配しましたが…」

 カラカラと音がする。はて。おかしい。警察署で受け取った私の夢の入ったケースを取り出してみる。振ってみる。音はしない。

「中身ないのですか?」と彼女が心配そうに聞いてきた。その実、中身を誰かに石ころか何かと入れ替えられ、警察署で中身を確認された時にただのゴミが入っていたので捨てられ、中身は既に空である。のではないか。と、私も不安になったので蓋をあけることにした。だが、夢はあった。ケースの中にあった。それもすっぽりと調度良く収まって。

「あれ、カラカラってなんの音だったのですかね?」と彼女が不思議そうに言った。

「なんでしょう?まぁこうしてここにあるので大丈夫だとは思うのですがね。」

私は実際にはそのカラカラという音は聞いていないので、彼女の勘違いだと思って特に気にはしなかった。が、彼女の不思議そうな顔は続いていた。そして、これ以上考えてもしかたがないと思ったのか

「それにしても、夢を持ち歩くなんて珍しい方ですね。よく使うお仕事でもしているのですか?」

「いえ、自動車の免許を持っていないのでね。身分証明書代わりですよ。たまに顔写真が入っていないと駄目な時があるじゃないですか。」

夢には、氏名、生年月日、住所、顔写真が記載されている。更新、というものはないが年に一度顔写真を交換しなければならない。交換の知らせるはがきが来て、それを使い証明写真を取ると一緒に交換証明書を取得できる。これも夢に貼り付けていることでちゃんと交換されていることの証明になる。交換をしなくても罰則などは無いが、外国旅行や役所での手続きが出来ないことがある。ただ夢の詳細はICチップに埋め込まれていて、パスワードを入れなければ見ることも、書き換えることも出来ない。小学生の時に、将来の夢を書くという作文の提出と引き換えに貰った。気がする。

その後ひとしきり話しをした後で別れた。彼女は徒歩で、私は自転車だったので喫茶店を出てすぐに別れた。