夢を落とした話 前編

夢を落とした。らしい。

仕事から帰ってくる途中、ポケットに入れておいた夢が何かの弾みで落ちた。らしい。

らしい。というのも今朝最寄り駅の交番から電話があり、その電話で起きた私は布団で横になったままで事実を突きつけられ初めて知ったからである。そういえば、昨日は酷く疲れていたので部屋について殆どすぐに寝てしまったのだ。なので、荷物の整理もろくにしなかったので気づかなかった。少し体が重い。空模様は鈍くて、昨日から点けたままの照明がちょうどいい。

体を起こす。シャワーを浴びる。昨日の疲れを今日になって落とす。着替えも終わり、身支度が整う。今日は平日だが仕事が休みだ。隔週での水曜日。休みだ。

夢は最寄り駅の交番から管轄の警察署へと移され、事務処理をして手続きを踏んでから受け取れる。らしい。普段出勤するときは徒歩、バス、電車を使うのだが、休日の移動手段は専ら自転車である。出勤するときにも自転車を使っても良いが、駅までの道は歩道路と呼べる場所は少なく、ほとんど路側帯であるため、朝の通勤ラッシュ時の車やバス待ちの人がそこに並ぶと非常に危険なので、一度事故にあって以来、駅まではバスで向かうことにしている。

警察署へは自宅から自転車で15分ほどであった。受付で遺失物係へと案内された。説明によればどうやら駅構内を出てそれからバス停へと向かう間に落とした。らしい。そういえばその間に交番があった。気がする。警察官が巡回中に拾得したとのことで、お礼はしなくてもいい。とのこと。人気の多い駅前で警察官が巡回するまで誰も拾わなかったとは、私の夢もそのようなものなのか。

夢をポケットに入れて落とした。なんて、馬鹿げた話だ。しかも、無くしたことにさえ気づきさえしなかった。とは。だが、どちらにしても無くしたことに気づけば慌てふためくものだ。いつも使用するものがいつもの場所にない。という場面は、財布にしろ、家の鍵にしろ、夢にしろ、慌てふためくものなのだから。

警察署からの帰り、駅前の大型ショッピングモールへと寄り、夢を入れる小さなケースを買うことにした。鞄に入れることにしたのだ。だが、そのまま鞄の中に入れれば他の荷物と混ざってぐちゃぐちゃになるかもしれない。なので、ケースを買うことにした。夢がすっぽりと収まる大きさのケースがあったのでそれを1つ購入し、帰宅することにした。

家に帰って早速夢をケースに入れてやる。そこで初めて気づいたのだが、そういえば夢は昔こんな形ではなかったような気がするのだ。店先では何も考えずに、これがピッタリはまりそうだ。などと適当に購入してしまったのだが、これが見事にぴったりだったので落とした間に少しの間の感傷に美化でもされたのだろう。と思った。これで鞄に入れられる。鞄ごと落とさない限り二度と紛失などしないだろう。と思った。

ところが、また無くした。多分、落とした。今度も電話がかかってくる。二週間後の水曜日。目覚まし時計代わりの電話のベル。

今度は拾得者が警察官ではなかった。らしい。その拾得者は期限ギリギリの運転免許証の更新に警察署へと訪れたようで、駅から警察署へと向かう間に夢が入ったケースを拾い交番ではなくそのまま警察署へと届けてくれた。らしい。免許更新の講習も後十分ほど終わるとのことで待つことにした。警察官が連絡をしてくれて、十五分したところで女性が遺失物係に来た。見た目は私と殆ど変わらない、二十代半ば。であろうか。視界に入ったであろう距離でお互いに会釈をし、無理なく話せる距離に入った所で私は礼を言った。

警察署を出て、拾得者の女性と喫茶店に入ることにした。お礼をするために。法律では拾得者に対して遺失物の物価の5%から20%を拾得者に支払わなければならないというような規定であるが、5%と20%の間をとって、一般的に「拾ったら1割」と言われているので、私もそうすることにした。夢の一割。それを話すことにした。